小林正観さんからこう聞いた第二章④釈迦に嫉妬
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最終更新日:2021/06/14
小林正観さんからこう聞いた
「釈迦に嫉妬しましたよ」という言葉は、私が正観さんから聞いた言葉の中で忘れられないもののひとつです。この言い方は私の心にとても強烈に響きました。なぜなら、釈迦は私にとってスーパースター。22歳で仏教の本を読んで以来の憧れだったのです。その釈迦に嫉妬をする人がいるとは。ちなみに、正観さんは「お釈迦さま」という言い方はしません。その他「神さま」「仏さま」「守護霊さま」という言い方もしません。「釈迦」「神」「仏」「守護霊」という言い方をします。それは、正観さんは唯物論者だからです。仏教の話や神の話はしますが、それらを崇めるということはしないのです。「神を使いこなす」と言い方すらします。信仰心のある方で、このような言い方を不快に思う方もいるかもしれません。ただ、神という存在が本当にあるのなら、間違いなく正観さんは神に愛されていたということを身近にいた人間として断言できます。それはつまり、神は人間に対して「言葉遣いがわるい」などと怒ったり差別したりする存在ではないということでもあります。
さて、正観さんが釈迦の何に嫉妬をしたかというと、「幸も不幸もない。そう思う心があるだけ」ということを悟ったということです。正観さんは、誰かから教わったわけではなく、ご自身でこのことに気が付いたのですが、2000年以上も前にこのことを知っていた人物がいたことが後からわかり、そこに嫉妬した、ということなのです。
「幸も不幸もない。そう思う心があるだけ」。これは、私にとって生きることをとても楽にしてくれる言葉です。第一章で書きましたが、私は警察官になったもののノイローゼ状態になり逃げだしてしまいました。その後、分限免職(懲戒免職は懲罰的な免職ですが、分限免職は健康などの問題で職務を継続することが不可能と判断された場合に用いられます)という処分を受け、私は実家に帰省しました。その後はフリーターを続け、30歳という年齢を意識し始めた矢先、正観さんに声をかけていただき、SKPの一員となったのです。フリーターをやっていたころは不幸、SKPで働くことができたことは幸せ、というのは私にとって真実だと思っていたのですが、どうもそうではないということなのです。そう思ってもかまわないけど、そう思わなくてもかまわない、なぜなら幸せという名の現象も、不幸という名の現象もないからです。
このブログでは、正観さんとの出会いから現在までを綴っています。人間関係で苦しみ不遇の20代を送り、正観さんと出会い人生が開けたという幸あり不幸ありの物語、そういう捉え方をすることを否定することはありませんが、それは映画のようなものです。拡大してみれば、それはドットという光の集合にすぎません。ひとつひとつのドットに幸や不幸という名前が付いているわけではありません。そこに私たちが色付けをして価値をつけているだけなのです。「そう思う心があるだけ」なのです。
たとえ話は理解できても、やはり現実には幸も不幸もあると感じられるという方がほとんどかもしれません。私は、空手の先生から立禅を教わり、それによって物事をありのままに感じる方法を知ることができました。私の場合は、その経験があるからこの正観さんの言葉がすんなり入ってきたのです。それでも、思いは嵐のように起こります。「幸も不幸もある」という認識はその思いの嵐に巻き込まれている状態です。現在の私は、その嵐に巻き込まれることもありますが、巻き込まれないですむこともありますので(思いすらありのままに感じることができます)、「幸も不幸もある」ということも「幸も不幸もない」ということもわかります。これが「有であり無である」という「空」なのかもしれません。
少し分かりづらい話になりましたが、正観さんのこの言葉が理解できれば、人生何が起きてもオーケーを出すことができます。
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