学校に行けないからフリースクールではない
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最終更新日:2017/01/28
コラム
(オルタナティブ教育)代替教育
先日の記事で、「教育イコール学校」に疑問をていしたのですが、それは私が初めてということではまったくなくて、すでに「オルタナティブ教育」や「代替教育」や「多様な教育」という言葉によってうったえられてきた歴史があるのです。
私も娘の教育について周囲に説明をする機会がこれからあると思います。私は、仮に娘が学校ではなく他の選択肢を選んだとしても、親族をはじめ学校や社会と“戦う”という姿勢でのぞむわけではありません。
話を聞いてくれる方には話せばいい。わるいことをしているわけではないのですから言い訳や弁明をするつもりはないのですが、喧嘩をするつもりもありません。「理解してくれる方だけ理解してくれればいい」そういうスタンスでしょうか。
今回は、フリースクールという“代替教育”が現代日本においてどのように考えられているかというところを、フリースクールに通う(通っていた)当事者、世界のフリースクールから学びました。
資料を参考にしましたが、まずはフリースクールに通う当事者の声。キーワードをあげておくと
選択肢
です。「学校がダメ」とか「フリースクールがいい」という言い方は誰もしていません。選択肢があるということがありがたい、ということです。
仮に法律の改正があり、フリースクールがいわゆる義務教育の範囲に組み込まれることがあったとしても、学校がダメならフリースクール、ということになってしまうと違うのではないか、あくまで選択肢がほしい、ということなのです。決めるのは子ども、その後の人生をどうするのかも子どもです。「学校には行くものだ」、はたまた「学校なんかダメ」というのも違う。
さて、IDEC(世界フリースクール大会)の資料を読んで日本と世界の違いを感じたところですが、ある日本のフリースクールに通う子どもが、アメリカのフリースクールに通う子どもと話しをしたときに、「不登校で○○(日本で最大規模のフリースクール)に通っています」と自己紹介をしたそうです。すると、「○○に通っているのなら不登校じゃないよね?」と突っ込まれたそうです。
この資料は16年も前のものです。アメリカで起こることはいずれ日本にも起こる、ということを考えると、いずれ日本でも「学校もフリースクールも選択肢のひとつ」ということが当たり前になる時代が来るかもしれません。現在(2016年)は、まだ少数の方がうったえている段階。社会としては、学校→不登校→フリースクールなどの代替教育→学校に戻ることが目標、という捉え方が多数のようです。
最後まで読んでくださりありがとうございます。