小林正観さん「そわか」実践報告集④傾聴すること
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最終更新日:2022/08/23
小林正観さん「そわか」実践報告集
集合住宅に住んでいると、隣人や上階や下階の居室からの生活音の問題はどこにでもよくある話です。自身のところでもまさにそのようなことが起こっています。
ある時、集合住宅の敷地内を歩いていたら、同階に住むcさんに呼び止められたので、それに応じました。cさんは「聴いて頂きたい話しがあるので訪ねて良いか?」と聞いてきたので、「どうぞ」と返事し、我が家でcさんの話しを聞くことになりました。cさんの話されたことは階段違いのrさんよりcさん宅の生活音のことで度々苦情を言ってきて困り果てているという内容でした。「○時以降に入浴をしないで欲しい。シャワーの音が響いて困る」「部屋を歩く際の音が響く」などと、集合住宅に住んでいれば必ずあるような生活音についてのことでした。そのお話しをcさんがされていた瞬間は、本当に精神的にも追い詰められておられそうであったこともよくわかりました。それは自身が聞いていても苦情を出してくるrさんの精神の状態に問題があって苦情に聞こえてしまう生活音であり、尋常ではないと同感したのでした。
その日は実は友人と食事へ行く約束をしていたのですが、cさんの様子がただならぬ雰囲気であったことを察知し、急遽、友人との予定をキャンセルしたのでした。cさんは私自身と苦しい心の内を話せたようで、話始めと後とでは全く違った表情で、笑顔になり気持ちも軽やかになって我が居室をあとにされたのでした。
その数日後、外出先から帰ると、ドアには菓子折りの入った紙袋がかけられてありました。その中には
「誰も聞きたくないような話しを親身になって聞いて頂いて本当に心から助けられました。感謝、ありがとう。」
というお手紙が同封されてました。
くりようかんコメント
読み終わり、「喜ばれる実践だ」という言葉がすぐに浮かびました。この「傾聴」という言葉ですが、まさに私が正観さんの元を離れた後のこの10年、「これをやれ-使命=使われる命-ということかな?」と実践してきたことでした。何を言っているのかというと、私は児童福祉の仕事をしており、子どもたちの話を傾聴することが仕事なのです。ときに「死にたい」という話をしてくる子どもがいます。その話を聞き続けるということの大変さはわかっているつもりです。喜ばれて「ありがとう」を言われる。一度でもそれを経験するとスイッチが入り、そこからは「喜ばれる生き方」をするようになる、もう後戻りはできない。正観さんの言葉です。