子どもたちが町を誇りに思えるように商店街やお店をまわりました

公開日: : 最終更新日:2015/07/26 コラム

自分たちの町を誇りに思えることの大切さが大事だと思うのです、数年前に心を患い、小学校の教師の職を「早期退職」してしまったものの意見ですが・・・。


 子供たちと一緒に過ごしている中で、いつも思っていたことは「自分たちの町を好きになり、たくさんの大人の人の知り合いができ、自分たちの町を誇りに思えるような子供たちになってほしい、そのための中心として学校があればいい」といつも思っていました。


 最後に努めた小学校は商店街の中にあるような学校でした。遊び場や公園が少なくどうしても子供たちは家の中で遊ぶという事が中心となってしまっていました。


プリ画像 商店街
出典 プリ画像by GMO
※イメージ画像です



 そのためかどうか、少し時間がある時に子供たちと一緒に街の中を歩きもいろいろなお店があるという事を見て回っても、すぐ近所だというのに「こんなものがあるとは知らなかった」というような感想を言う子供たちがいて、びっくりしたことがあります。


 どちらかといえば商店街のにぎやかな中でたくさんの大人の人たちに声をかけられたり、注意されたり褒められたりしながら生きていくという事が当たり前だと思っていました。



しかし、現実は自分の町の中さえもよく知らず、知り合いも少なく、声を掛け合う事もほとんどないような状態でした。


 自分の町のことを知り、いいところ悪いところを知っていくことで子供たちは自分たちの心の中に「故郷」のようなものを作り上げたり、お店のおじさんと友達のようになって様々な社会的な道徳を教えてもらったり、「自分たちの町に対する愛着や誇り」のようなものを気づきあげていくのだと思っています。


プリ画像 ふるさと
出典 プリ画像by GMO
※イメージ画像です


それがたとえ一度自分の町を離れることになったとしても、どこか心の中に残っていき、人と人とのつながりの大切さや温かさなどを覚えていくものだと思っていました。


 だから、教師をしていた頃は「総合的な学習」という時間がありましたが、その時間にはよく町へ出て、いろいろなお店を見て回り、たくさんのお店の人に質問をしたり、商売の邪魔にならない範囲でたくさんのお話聞いてくるという事を続けていました。


 そんなことの繰り返しの中で、町の中で何かトラブルに巻き込まれたり、自分からトラブルを起こそうとしていた時などには周りの大人たちがきちんとみてくれていくものだと思っていました。

 もう現場を離れてしまったので、特に自分にできることはありません。ただ、自分の今住んでいる町で子供たちを見かけたときには、ちょっと立ち止まって「何しているのかなぁ」と思ってみているのが精いっぱいの状況です。

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